院長ブログ blog

薬理ゲノミクスの講義とセミナー

2024.07.22

7月1日に浜松医科大学にて講義をしてきました。臨床薬理学の講義で、薬理ゲノミクスに関する内容です。

ファーマコゲノミクスという言葉をご存知でしょうか?お薬を内服したときに効果や副作用は個人毎に異なります。同じお薬を内服してもよく効く方もいれば、効きがわる方もいます。また、副作用が出たり出なかったり。こうした薬物応答の個体差に遺伝子の違い(遺伝子多型)が関わっていることは以前から知られておりました。この薬物応答の個体差に関する遺伝的な違いを扱うのがファーマコゲノミクスです。事前に薬物応答に関連する遺伝子検査をすることで、個々に応じた適切は薬物の選択、用量や用法の設定ができ、それによってより安全でより効果的な薬物療法を実現しようとするものです。ある意味、先制医療の一つと言えるでしょう。もちろん、遺伝子の多型性で薬物応答のすべてが規定されるわけではありませんが、ファーマコゲノミクスは薬物応答を予測する重要な因子なのです。

例えば、カルバマゼピンというてんかんのお薬で薬疹が出てしまう方や、アザチオプリンという免疫を抑制するお薬を内服して直ぐに毛が抜けてしまうような方は遺伝子の検査で予測がつくのです。

私は、胃酸分泌抑制薬であるプロトンポンプ阻害薬(以下PPIと略します)の胃酸分泌抑制作用やPPIによる逆流性食道炎の治癒率、PPIを用いたピロリ菌の除菌率にPPIの代謝酵素であるCYP2C19の遺伝子多型が影響することを世界で初めて報告しました。そしてCYP2C19遺伝子多型に応じたピロリ菌の個別化された除菌療法で先進医療を取ることができました。今では遺伝子検査は特にがん治療の分野ではよく行われておりますが、当時は遺伝子検査は研究レベルでしかありませんでした。そうした状況で、CYP2C19遺伝子多型検査を先進医療という形ですが初めて医療制度に取り込むこができました。その後のUGT1A1等の検査の保険収載につなげていくことができました。

 そんなこともあり、今年も浜松医科大学でのこの分野の講義を行っております。毎年同じテーマであるとはいえ、この分野の進歩・発展はすさまじいものがあり、毎年新しい知見が沢山出てくるため、60分の講義(昨年までは90分)に対して30時間以上も勉強して新たなスライドを作成して講義に臨んでおります。一昨年に臨床薬理学会から、私もその起草メンバーの一人ですが、「診療における薬理遺伝学検査の運用に関する提言」が出されたこともあり、ファーマコゲノミクスは日常診療に用いやすい環境は徐々に整ってきていると考えております。

講義を行った同じ日の夕方に、臨床薬理学会主催の薬理ゲノムセミナーがWEBで開催されました。私は総合討論での司会をしたのですが、一番の課題は、ファーマコゲノミクス検査の社会実装です。海外ではファーマコゲノミクス検査を事前に行うことで一般診療における副作用が有意に減らすことができたとする報告もありますので (Lancet 2023; 401: 347-56)、日本でも徐々にエビデンスを構築していく必要性を感じた次第です。

すでに自費診療ですが、薬理遺伝学のパネル検査を開始している施設もあるようであり、注目していきたいと考えております。将来的に連携できればより薬物療法の安全性・確実性がたかまると考えております。